
それは急な出張だった。
「インタビューさせてください。ただ、大阪まで来ていただきたいのですけれど…」
「わかりました」
何度も断っていたけれど、これ以上、言い訳が見つからなくなった。
でも、なんで、大阪なん?
せっかくだから、ほかに予定していたお仕事も組み込んだ。
会いたい人たちとの約束もいくつか入れた。
大阪なら、いつもは飛行機。
でも、時間がまったく読めない状況だったから、今回は新幹線を選んだ。
飛行機の場合は、決まって羽田空港にクルマを止める。何泊だって止めちゃう。
うん、新幹線? どうしたらいいのだろう。
私にはトラウマというやっかいなものが脳裏に焼きついていて
怖くて電車に乗れない。
だからいつもクルマ。
甘えといえば、それまでなんだけど、やっぱり怖い。
「アンリちゃん、今度は勇気を出して」
「うん、きっと大丈夫よ」
大阪で会おうと思っていた弟のような存在のアイツとも、そう約束した。
出張当日。珍しく早起きできた。
「晩秋の服装でお願いします」との敵側の要望で、スーツで決め込んだ。
でも、暑すぎる。
ジャケットを手に、マンションを出た。
と、私、なにを思ったか、駐車場に向かった。
愛車に乗ってドアを閉めた瞬間、
「あれっ、私、何をしてるんだろう」
と焦った。
歩いて近くの駅に向かわなくちゃいけないのに。
しばらくハンドルとにらめっこをしていた。
でも、「やっぱり無理だ。弱虫」
そう、ため息をつきながら、クルマを発進させた。
東京駅。
あまり利用しないから、周辺の駐車場状況がよくわからない。
信号で停止するたびに携帯電話で検索してみた。
と、「きゃ」と叫んでしまいそうなほどの情報を得た。
「オアゾ駐車場・新大手町ビルガレージでは、JR東京駅より新幹線等をご利用のお客様を対象とした駐車サービス『東京駅Park&Rideプラン』を提供しております。出張やご旅行、ゴルフ・スキーなど、おトクで快適な当サービスをぜひご利用ください」
通常なら1日5000円はかかる駐車料金が、この場合1日間なら2300円、2日間なら4600円、3日間なら6900円。
新幹線の切符を買うときに、みどりの窓口で駐車券を提示し、スタンプを押してもらう。
帰りに、駐車場の係員に精算してもらう。それだけ。
もちろん、これを利用しない手はない。
オアゾなら何度か行ったことがある。
丸の内ホテルで金沢に帰る母とお茶をした記憶があるもの。
駐車場も知っている。
東京駅と直結していてるから便利だ。
みどりの窓口。
一番早く大阪に着く新幹線の切符を購入した。
お仕事だから、グリーン車で。
発車までまだ10分はある。だいじょうぶ、だいじょうぶ。
改札を通り、新幹線乗り場へと向かう。
と、なにげなくバッグを見たら、け、携帯電話がない。
「あっ、ク、クルマの中に忘れちゃった」
携帯電話がないということは、
これから会う人たちと一切連絡がとれないということになる。
い、いけない。
咄嗟に踵を返した。
改札口で、「忘れ物をしたので出ます」と、バカ正直。
丸の内の地下通路を、キャリーバッグを引きずりながら、ピンヒールで走った。
でも、途中で気がついたの。
どんなにがんばっても、間に合わないや、って。
乗車券と指定券で18,690円。
乗れないということは、これは一体どうなっちゃうんだろう。
かなり動揺しながらも、愛車から携帯電話を取り出し、
同じみどりの窓口にできた行列に並ぶ。
4つの窓口があるのに、偶然にもさっきのオニイサンのところだ。
「えへっ、乗れなかったの」と照れ笑いした。
「えぇ〜、そうなんですかぁ。え〜っと…。
じゃ、改札に行って、乗車券に『間違えて改札に入った』というスタンプを押してもらってきてください」
「へっ?」
でも、言われるとおりにやってみた。
と、オニイサン。
「ホントはダメなんですけれど、今回だけですよ」
な、なんと、追加料金なしで、次の新幹線の切符を用意してくれた。
「い、いんですか?」
「はい」
乗れないと思った瞬間、破いちゃおうと思った切符だったのに。
ガラス窓を通り抜けて、オニイサンを抱きしめたいくらいだった。
おまけに、新幹線のホームでわかった。
この新幹線、新しいN700系だぁ。やったぁ。
分刻みではないにしても、時間刻みのスケジュール。
大阪ではホテル巡りツアーのようだった。
約束の場所がよりによってホテルばかり。
帝国ホテル大阪、リーガロイヤルホテル、ホテルニューオータニ大阪、ザ・リッツ・カールトン大阪、ホテル阪急インターナショナル、という具合にね。
夜は、敵が用意するといってくれたホテルを断って、お気に入りの場所へ。
アイツはかわいい彼女を連れて、会いに来てくれた。
まぶしい彼女もわざわざ京都からやってきた。
いくつかの偶然が重なって、忙しいあの人にも会えた。
帰りの新幹線。疲れきってはいたけれど、
窓ガラスに映る自分に向かって微笑みかけた。
「なんとか前を向いて歩いていけそうだね」と。
数時間後、オアゾ駐車場。4600円を支払って
アクセルを思い切りふかし
暗闇の大手町の中に消える私がいた。
