アンリが魅了された世界の街角。 見知らぬ時空間をご一緒に旅しましょ。
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やさしいあなたへ
2007-04-29 Sun 20:57
noto

ゴールデン・ウィークですね。
みなさんはどこでなにをなさっているのかしら。

私? 私はひとり。あいかわらず一人。
一緒にいたい人は遠いもの。

そうそう、能登はもうだいじょうぶよ。
強い大地だもの。
強い人々だもの。

「能登はやさしや土までも」

次の休日、そんな能登を旅してみませんか?
愛する人とご一緒に。

私は能登の観光大使(えぇと、一応…)。
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夢の扉
2007-04-27 Fri 23:18
Sally Hass

Dream big,
plan well,
work hard,
smile always
and good things will happen.

アメリカの画家サリー・ハスが描くユニークな世界が好き。
彼女の絵に添えられた、この短い言葉がいつも不思議な力を与えてくれる。

私なりに訳している言葉で感じとって。

大きな夢を抱いてごらん。
自分らしい夢。
その夢に向かって突っ走るの。
つらくても微笑みをたやしちゃダメよ。
ほら不思議ね。人生という旅の新しい扉が、いま、開くわ。
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1000キロへの思い
2007-04-26 Thu 19:19
Heidelberg

1991年1月31日、男爵の1歳のお誕生日。
私はドイツにいた。

湾岸戦争が勃発していたため、周囲からは強く反対されたけれど
自分を試す大きな仕事だったから、頑固な私が行かないはずはなかった。

フランクフルトへの直行便はルフトハンザ航空のファーストクラスだった。
生まれてはじめてのファーストクラス。

どきどきだったから
キラキラ輝くシャンパンと黒く光るキャビアの味しか覚えていない。

フランクフルト・アム・マイン空港に着いたとき、寒さで指が動かなかった。
実は出発の前日、男爵に食事をあげようとして缶詰で指を深く切っていた。
救急で治療をしてもらったのだけど、「旅行は無理です」とドクター。
今もその傷が指に残る。

行き先は、ルートビッヒスハーフェンという街。
スペルはとっくに忘れたけれど、ライン川沿いの一大工業地帯だった。
ここで億の金額が動く会議。
あの若さでよくもまぁ、と今から考えるとぶるぶる震える。

会議を終えてハイデルベルクに立ち寄った。古きよき街並みの大学都市。
中世の佇まいのヨーロッパなんて初めてなんだから
もうちょっとどきどきしてもいいのに、私ったら。

ずきずきと脳裏でフラッシュバックしていたのは
時速300キロを体験したばかりのアウトバーンで見た標識。

「パリまで1000キロ」

まだ見ぬ憧れのパリをカラダ中に走る激しいショックとともに感じた瞬間だった。
私はもちろん、アレックスにだっていまでは第二の故郷のようなパリ。
人生って不思議ね。
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男爵の長い旅
2007-04-24 Tue 21:24
cat calender

そういえば、アレックスは元気なんだろうか…

考えてみれば、彼の運命って過酷だったなぁ。
すべては私のせいよね。ごめんね。
それなのに長生きしてくれている。いい子ね。

あれはサンディエゴにお引っ越しのときだった。
当時は今ほど動物検疫が厳しくなかったの。
ただ、ドクターによる健康診断書が必要だったかな。
あの日、友人たちがクルマで成田空港まで送ってくれた。
所要時間は1時間。
検疫のため、出国の3時間前までに彼を預けなければいけなかった。

チェックインカウンター近辺には、な、なんと彼の入ったケージの3倍、4倍、いや5倍はする大きさのケージが4つ。
中に入っているのは、すべてワンちゃんだった。
彼らは激しい鳴き合戦を展開していた。
この時点で彼は惨敗。完全に埴輪状態だった。
あぁ、この子たちに囲まれてペット用貨物室で旅をするのね。
かわいそうに。素敵なフライトになりますように。

成田空港からロサンゼルス空港(LAX)までのフライトが10時間。
LAXでの入国審査を終えて、預け入れ手荷物をすべて受け取るまでに1時間。
彼が入ったケージはフロアーの隅で、ゴルフバッグと並んで置かれていたっけ。

それから近くのレンタカー会社へ。事前に予約していたクルマを借りる。
インターステイト405(サンディエゴ・フリーウェー)を南下。
着いたのはサンディエゴのすぐ上にあるラ・ホーヤという海辺の街。
LAXから2時間だった。

事前に賃貸借契約を結んでおいたお部屋。不動産屋のエリザベスが待っていた。
詳細にわたって確認し、契約書にサイン。1時間は要した。

ついに新居をゲット。でも休んでいられない。
真っ先に私たちが向かったのは、近くのショッピング・モール。
必死でペットショップを探し、彼のための必需品を揃えた。

「さぁ、アレックス。今日からここがキミのお部屋。
キミもついにカリフォルニア・キャットだよ」

東京のオウチを出発して約20時間。
パチパチ。彼は見事にこの人生最長の旅を耐え抜いたのでした。

成田空港でもLAXでも、ずっと身動きせずに固まっていた彼。
驚いたことに、ケージでは一度もトイレをしていなかった。鳴き声もあげなかった。

プールを見下ろすバルコニーに用意した彼専用のエリア。
1時間ほどうろうろしていたけれど
やがて悟ったのか、「ミャー」となきながら、すべての呪縛から解き放たれる。

あとは、ほら、いつもの男爵。
まったく、わがままだし、甘えん坊だし、自分勝手だし。
あっ、自分勝手は私のほうだったね。
ごめんね。ママとおんなじ波乱万丈の人生で。

ちょっと沈みそうになっていたの。
そんなときだから、懐かしくて思い出してみました。

あっ、そうそう、ラ・ホーヤ。
私が老後に住みたいと思っていた街。
宝石のように輝く街。

「ラ・ホーヤ(La Jolla)」はスペイン語で「宝石」という意味よ。
いつかもっと詳しく書いてみようっと。
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「朝シャン」しましょ
2007-04-22 Sun 22:04
label

シャンプーのことじゃないのよ。

外食時はクルマだから、お酒が飲めない私。
自宅でも、夜はクスリの関係で、これもダメ。

と言うことは…

そう、週末の朝や、予定の入ってない朝、
目覚めると、真っ先にキッチンに行き
冷蔵庫を開けてボトルを取り出す。
食器棚からグラスを選び
適当な朝食を用意して
再びベッドルームへ。

それからが私の「朝シャン」タイム。

「シャンパンの首都」といわれるランスは、フランス・シャンパーニュ地方の中心地。1772年、この地で創業した「ヴーヴ・クリコ(Veuve Cliquot)」。この時代、ナポレオンがヨーロッパ大陸を封鎖し、その4年後、アメリカが独立。フランス革命が起こったのは17年後でした。

ニコル・バルブ・ポンサンダンは22歳で結婚し、マダム・クリコに。でも夫を病で突然失い、ヴーヴ・クリコに。そう、「ヴーヴ」とは「未亡人」という意味(「パリ日記」でも書いたっけ)。 あえてこう名乗ることで、シャンパンに命をかけてきた二人の夢を引き継いだのです。そして彼女の偉業はラベルに描かれたとおり、賞賛され続けてきました。

そう、「朝シャン」は朝に味わうシャンパンのこと。
飲み終えたあとは、再び眠りについたり、
頬を赤らめながら、パソコンにむかったり。

私のお気に入りのシャンパンはもちろん、ずっと前から「ヴーヴ・クリコ イエローラベル」ん。
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南の島で叫ぶオンナ
2007-04-21 Sat 23:31
hybiscus

夕べ、バリ島での夢を見ました。

まだ若くて体力があったころ(いまも若いんですけれどね、体力の衰えは認めざるを得ないかな)、私のお肌は一年中、真っ黒っけ。理由? バリ島にせっせと通っていたからなの。目的はもちろん、サーフィン。そうよ、サーファーだったのよ、このワタシでも。その勲章が、ほらっ、胸元のシミたち。なかなかかっこいいのよ。ひとつはハート型なんかしちゃったりして。でも、誰にも見せてあっげない。

お金がないころは、ロスメン(民宿)に長期滞在。うん、どんな環境だって耐えられたわ。小さなベッドとトイレとシャワーさえあればね。あぁ、それなのに、それなのに、今じゃぁ、キングサイズのベッドと大きなバスタブが欠かせない。人間、贅沢な環境に慣れちゃうと怖いのよ。全部、お仕事がいけないんだぁ。

それでも、ちょっとだけお金に余裕があるときは、コテージに滞在したっけ。いまでこそジンバランビーチは一大リゾート地としてその名を馳せているけれど、当時はちっぽけな漁村。ここにあった小さなコテージが常宿だった。今あるフォーシーズンズやリッツカールトンなんかとは比べようもないほどのものだったけれど、それでも、エキゾチックな空間は私に贅沢な安らぎを与えてくれていた。

夜は決まってクタにあるナイトマーケットへ。もちろん、乗り合いバスのベモでね。今もあるのかなぁ、新鮮な魚介類をその場で調理してくれるお店がコの字型に集まった広場。店内や調理場はあまりきれいとはいえないけれど、勇気を出してお店をチョイス。といっても、いつも決まったお店になっちゃうんだけれどね、不思議と。

昨日はロブスター、今日はカニ、明日は鯛。といった具合に素材を自分たちで決めて、ゆでたり、揚げたり、炒めたりと、好きな調理方法をお店の人に告げるの。で、出てくるものといったら、まぁ、びっくり。さっきまで生きていたお魚たちが野菜たちを従えて色鮮やかな姿になって登場するのよ、大皿で。そのダイナミックさに毎晩のように驚かされたり、はしゃいだり。もちろん、お味は太鼓判。

ベモがなくなった時刻の帰りの交通手段はタクシーだけ。白タクが横行していたっけ。いくらだったかは忘れちゃったけれど、かならず金額をふっかけてくるのよね、オニイサンたち。当時の噂は、「日本人は必ず言い値でOKしてくれるから、いいカモだね」だった。私が真っ先の覚えたインドネシア語は「マハル」。「高い」という意味よ。彼らの言う金額に「マハルよ」と言いながら必ず首を振る私。そうすると必ず返ってくるの言葉が、日本語で「じゃ、いくらよ?」。笑っちゃうでしょ。そして交渉の末、得意の半額以下にさせてほくそえむ私がいたっけ。

もちろん、この「マハルよ」は、街中のショップでも使えるから覚えてね。「正札のついてないものは半額に」がバリの街を歩く心得かな。でもね、値段交渉、これってドキドキワクワクでたまらなくおもしろいから、病み付きになっちゃうよ、どこの街に行ってもね。

タクシーで無事にコテージに到着。満足感とともにベッドに飛び乗って仰向けになると、天井に張り付いたゲッコーやトッケーがお出迎え。うん、これ? ヤモリとイモリのことよん。静かな夜にコダマする声はタダ一言、「ギャー」。

そんな感じでバリの夜は更けていくのでした。
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祈り
2007-04-20 Fri 23:36
ルルドの泉。(聖地からのWebcam)

体調がすぐれない。

聖母の前で、グロットで、キャドルを灯しながら
今夜はただ、静かに祈りたい。
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会いたくて
2007-04-19 Thu 21:11
F1

モロッコはちょっと休憩。

ねぇ、モロッコと1字違いの国があるのをご存知?。
そう、モナコ。
正式には、モナコ公国。おフランス語で「Principaute de Monaco」。
南仏コート・ダ・ジュール。イタリア国境沿いにある世界第2位の小国です。

カジノ、F1グランプリ、グレース・ケリーの伝説で有名よね。
でもね、私にとっては、テニス・プレーヤー、マラト・サフィン(ロシア)が住んでいる区(カルティエ)、モンテカルロがあるということでドギマギしちゃうの。

3年前、この夢幻にも似た極上のリゾートへ旅だった。

カフェ・ド・パリで食事をしているときのこと。
同行した友人が、日頃から冗談しか言わない友人が、真顔で語った。

「今日はね、アンリのためにサフィンを呼んであるんだ」

途端にフォークを床に落としてしまった私。
慌てながらも、今度は研ぎ澄まされたナイフで、化粧崩れしていないかと顔を見てしまった私。

ふと気がつくと、目前にニタニタ笑っている友人がいた。
えぇ、しっかりと騙されました。そんなことありえるわけないのに、ね。単純。

ちなみに、モナコに隣接するイタリアで「モナコに行く」と言っても通じないのよ。
イタリア語で「モナコ」はドイツの都市「ミュンヘン」のこと。不っ思議。
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二人の距離
2007-04-18 Wed 22:57


「ねぇ、スイーティ。あと20センチだけ前に出てきてよ」
「あらっ、いやだわ、ダーリンったら。あなたこそ」
「ボク、これ以上もう動けないんだ」
「私もなの」

「それにしても今日の東京は寒かったらしいよ」
「えぇ、ここより10度は気温が低かったんですってね」

「ボクたちはシアワセだよ。ほら、やさしい日差しに包まれている」
「そうね、だから、たった20センチの距離なんて平気。こんなにもあなたの吐息を感じるもの」

遠いマラケシュのロバの会話。
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よりグラムールに
2007-04-17 Tue 14:56
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「さぁ、ここが世界でもっとも美しい場所なんだ」

1943年、ウィンストン・チャーチルが自信たっぷりにフランクリン・ルーズヴェルトに語った言葉。いまもなお、その伝統を守り続けるホテルがアフリカ大陸にある。

そう、マラケシュのラ・マムーニア(La Momounia)。
モロッコ伝統建築方式にパリが生んだアールデコを調和させたグラムールなホテル。

でも、どんなホテルだって一人旅にツインベッドはつくづくイヤだな。
隣りの空間にあの人がいてくれるといいのにな、といつも願う。

うん、グラムール? フランス語で「魅力的にする」。
あなたをより魅力的にしてくれるのは、だ~れ?

lamamounia2
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ピンク色の要塞で
2007-04-16 Mon 10:59
ミント・ティはいかが?

ミステリアスなモザイクの世界。
混沌とした喧騒から少しだけ逃れて。

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marakech3


一昨日、NHKで世界遺産の番組を放映していた。
舞台は「モロッコ・マラケシュ」。

もちろん、最初はときめいたわ。
2年前、私はあの国をひとり旅したんだもの。

でも、私が愛したモロッコはこの番組の中には登場してこなかった。
ジャマ・エル・フナ広場のお祭り騒ぎだけがマラケシュじゃないのよ、NHKさん。
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南半球から
2007-04-14 Sat 22:25
♪泣かないで美しい人…

携帯電話の着メロが鳴った。
相手は「通知不可能」さん。

あっ、海外からだ。

誰だろうと思いながら、「アロー、エールフランス吉祥寺支店でございます」と出てみる。
よくやるのよね、こんな冗談。

「あはは、バカだなぁ。いまなファンガレイにいるんや」
「あっ、北島なのね」
「うん、そうや。元気してる?俺は元気やで」
「私も、いま元気になった」

そんなおバカな会話を5分ほど続けて、電話は切れた。

「今から行ってきま~す。お土産、楽しみにしていてくださいねぇ」
昨日、H(♂)が成田空港から電話をくれた。立ち直ったみたいね。

「アンリさんはホントにやさしい人だから…」
夕べ、Sちゃん(♂)が忙しい時間の合間に電話をくれて
なぜかそんなことを言ってくれた。
こんなにもわがままな私に。

そして、今日、あの人が南半球から元気な声を聞かせてくれた。

ダーリンの命日に私を励ますかのように偶然にもかかってきた3本の電話。
うれしかった。

fangareei

ファンガレイはニュージーランド北島にある西海岸の温暖なマリン・リゾート。
マリーナには白い帆を張ったヨットが停泊。
お洒落なカフェやレストランが建ち並ぶ。
アーティストが多く住むため個性的なアート・ギャラリーも。
少しだけ足を延ばすと、国内有数の滝が。
ダイビング・スポットやサーフィンのメッカでもある。
そう、そこには目を見張るほど美しい海岸線が続くの。
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あの日のパスポート
2007-04-12 Thu 22:42
passport

1996年。私は確かにカリフォルニアにいた。

クリスマス・ムードが覚めやらない年末の12月27日、
ひとりサンディエゴ・フリーウェーをロサンゼルス(LA)へと向かっていた。

LAのダウンタウン。グランド・ストリートの17階に日本領事館はあった。
パスポート申請の窓口は空いていた。
こんな時期に来る人はいないよね。
みんな、日本へと里帰り。それともクリスマス旅行かな。
私は、わけあって異国の地で一人ぼっちだった。

窓口の日本人のオニイサンはやさしかった。
「どこから来たの?」
「サンディエゴです」
「次はいつLAに来れるかな?」
「えっと、ちょっと、わかんない…」
「2時間ほど待てますか?」
「は、はい、だいじょうぶです」
「じゃ、今日、発行してあげましょう。あとで来てくださいね」

なんてこと。夢にも思わなかった結果。

LAのダウンタウンなんて大嫌いだった。
一方通行が多いうえ、1本でも道を間違えると怖くて震える通りに出る。
おまけにダウンタウンを通り抜けるフリーウェーは細く曲がりくねっていて。

これで当分LAに来なくていいんだ。
2時間後、真新しいパスポートを手にフリーウェーを南下している私がいた。

あれから10年。
あのパスポートはもう使えない。
いまも、違った理由で私は一人ぼっち。ここも私にとっては異国のよう。
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月への旅
2007-04-11 Wed 16:04
夕べ、月であの人と出会った。
この地球でだって、なかなか会えないあの人と
月のベンチに並んで腰掛けて。

「もう、会えないの?」
「また会えるよ」

そんな会話の繰り返し。

そうね、きっと会えるよね。

さぁ、あなたを探して旅しましょ。
いつも微笑んでいるあなた探しの旅。
それが私の人生ね。
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